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氣比神宮境内東北部に位置し当神宮鎮座にかかる聖地として古来より「触るべからず畏み尊ぶべし」と社家文書に云い伝えられているが、嘗て天筒山の嶺に霊跡を垂れ更に神籬磐境の形態を留める現「土公」は氣比之大神降臨の地であり、傳教大師・弘法大師がここに祭壇を設け七日七夜の大業を修した所とも伝えられる。
土公は陰陽道の土公神の異称で、春は竈に夏は門に秋は井戸に冬は庭にありとされ、其の期間は其所の普請等を忌む習慣があったが此の土砂を其の地に撒けば悪しき神の祟りなしと深く信仰されていた。戦後境内地が都市計画法に基づき学校用地として譲渡の巳む無きに至ったが土公と参道はかろうじてそのままの形で残された。大宝二年(702)造営以前の氣比宮は此の土公の地に鎮座され祭祀が営まれていた。此の聖域を通して氣比之大神の宏大無辺の御神徳を戴くことが出来るよう此のたび篤信者の奉賛により遥拝設備が立派に完成されるに至った次第である。
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